BRU NA BOINNE

2016 SPRING & SUMMER

 

〜神秘の島〜

 

この広い世界のどこか

 

白い砂浜が結界のように周囲を取り巻くその島には

ひとりの天才数学者がいる

 

鳥の編隊飛行の謎から

ルチャドールがリングに描く放物線の軌跡

果ては空飛ぶ円盤のメカニズムまでを

あらゆる数式を用いて導き出す彼は、島の英雄だ

 

カラフルなゴンドラで島の大動脈を創るエンジニアや

摩訶不思議なフルーツで島を潤わせるファーマーなど

島の暮らしに欠かせないアルチザン達も、彼には一目置いている

 

その明晰すぎる頭脳もさることながら

島の人たちが彼に憧れる本当の所は

いつ何時でも遊び心を忘れない、彼の装いにある

時には空に彩りを添える彩鳥のように

時には大地に降り注ぐ陽の光のように

変幻自在な天然色の組み合わせと

エレガントな着こなしが生む調和は、もはや芸術の域

数学者としての報酬は、お世辞にも良いとは言えないが

その装いは、いつだって彼を幸福で満たしてくれる

そんな彼には、色彩感覚に満ちたファッションセンスと

数学者としての才能を活かしたライフワークがある

それは、万物の始まりとも云われる宇宙に

島を挙げて感謝の気持ちを捧げるパレードの先導だ

彼がコーディネートした洋服に身を包んだ島の人たちが

得意の数式で完璧に計算された隊列を組んで、島じゅうを練り歩く

空から見たその光景は、まるで島全体に虹が架かっているかのように華やかで

誰もが感謝の気持ちは宇宙まで届いていると信じて疑わなかった

がしかし、彼はわかっていた

その美しい光景をもってしても

宇宙にまでは感謝の気持ちが届いていないことを

 

本当に届けるためには

「天と地をひっくり返す」ような仕掛けが必要なことを

難解な数式を解く技術は、年々磨かれている

遊び心にあふれた装いは、もはや世界中の

どんなファッショニスタにも真似できない域にまで達した

なのにパレードの煌めきは一向に宇宙まで届かない・・・

 

人知れず悩みにふける彼の前に

有史以前から島にいるといわれる黒フクロウが現れたのは

その年のパレードを10日後に控えた夜だった

長い年月をかけ、彩り豊かに発展した島に合わせ

自らの羽をカラフルに進化させた彩鳥たちに対し

漆黒の羽という自分自身の色を纏い続ける黒フクロウ

その優美さと威厳に満ちた佇まいに心を奪われた彼は

パレード前に欠かすことのなかった

衣装合わせと予行演習を一切行わないことに決めた

その代わりにパレードの前夜

島の人たちの家を一軒一軒、訪ねて回り

ある言葉を魔法のように呟いた

そしてパレード当日

英雄でもある数学者をお手本に

自らの色を活かしてエレガントに装った島の人たちは

キラキラと輝きに満ちていた

大草原でもアスファルトでも

彼らが闊歩すればその場所がランウェイとなり

輝きはとどまるところを知らないほど

島のあちこちに増していった

 

それはまるで、島と宇宙の煌めきが

すっぽり入れ替わってしまったかのように神秘的な光景だった

眩い煌めきを心に焼き付けた数学者は

あの夜、島の人たちに呟いた言葉を

ひらひらと舞い落ちてきた黒フクロウの羽に記し

小さな箱に入れ、そっと鍵を掛けた

 

そこに書かれていたのは、たったひと言

 

「自分のイロを持ちなさい」

 

自分自身に言い聞かせるように

島の人たちが、いつまでもその気持ちを忘れないように